はじめまして。私は、この「Shall We ランチ?」を運営しております、(株)逢いは勝つの清水康弘と申します。

浅口市金光町在住の46歳です。

最新のプロフィール。

名前と家族
清水康弘。家族:妻、娘三人。
生年月日
1978年6月24日(土)、46歳。
出身地など
岡山県倉敷市出身。浅口市金光町在住。
星座
デスマスクのかに座。
血液型
あまり評判がよくないB型。
カウンセリング時の飲み物
コーヒー。
好きな飲み物
冷水、コーヒー、レモンチューハイ。
好きな食べ物
妻、娘たち、母、妹、義母、妻弟妻の手料理の全て。
嫌いな食べ物
冷凍グリーンピース、生牡蠣、一番搾り麦汁、二番搾り麦汁。
熱中している趣味
31歳から友達と結成したバンド。料理。
変わらず好きな音楽
LUNA SEA、L'Arc〜en〜Ciel、HYDE、河村隆一、GLAY、ELLEGARDEN、BON JOVI。
歌うと泣けて来る曲
LAYLA、ヒーロー、home、関白宣言。
好きな歌手
藤井フミヤ、hyde(HYDE)、河村隆一、上杉昇。
素人バンドでの演奏曲
こいのうた、3月9日、小さな恋の歌、リンダリンダ、情熱の薔薇、終わらない歌、全部だきしめて、ラヴパレード、赤いスイートピー。
ROSIER(夢・憧れ)、MARIONETTE(断念)、HONEY(断念)、花(断念)、君に届け(保留)、saillng day(保留)、チェリー(予定)、ホタル(予定)。
あなたに(希望)、I for You(希望)、GRAMOROUS SKY(希望)、STORM(希望)、Missing、モンスター、Lonesome。
印象に残っている映画
いま 会いにゆきます、君に届け、電車男、交渉人 真下正義、アマルフィ 女神の報酬、STAND BY ME ドラえもん、シュリ、ダークナイト、ダークナイト ライジング、ザ・バンク 堕ちた巨像、ブラッド・ダイヤモンド、イミテーション・ゲーム、鬼滅の刃無限列車編、とんび、トムクルーズ主演作品、クリントイーストウッド監督作品。
見て人生を振り返った映画
60歳のラブレター、余命1ヶ月の花嫁、8年越しの花嫁。
現在欠かさず見ているTV番組
嘘解きレトリック、モンスター、ウイングマン、オクラ、VOICE愛(ラブ)、ドラゴンボールDAIMA、ドキュメント72時間。
初めて感動で涙した作品
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち。
何とかできるスポーツ
軟式野球。
好きな漫画
聖闘士星矢、キャプテン翼、ドラゴンボール、こち亀、沈黙の艦隊、ジパング、空母いぶき、はじめの一歩、金田一少年の事件簿、LIAR GAME、小田切響子の嘘、DEAR BOYS、るろうに剣心、北斗の拳、H2、タッチ、ラフ、マーマレードボーイ、ドラゴン桜、エンゼルバンク、砂の栄冠、20世紀少年、PLUTO、ナニワ金融道、ROOKIES、GANTZ、幽遊白書、DEATH NOTE、タイムウォーカー零、カバチ、がんぼ、進撃の巨人、鬼滅の刃、SPY×FAMILY、ブルーロック。
熱中したゲーム
ファミスタ、パワフルプロ野球、メタルギアソリッド、ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、バイオハザード、G1ジョッキー、ダービースタリオン、ウイニングポスト、G1ステイブル、デビルメイクライ、ICO、ワンダと巨像、サカつく、キャプテン翼、クロノトリガー、クロノクロス、パラサイトイヴ、信長の野望。
好きな歴史上の人物
黒田官兵衛、真田信繁。
毎日していること
ランニング+バンドの自分のパート練習。
印象に残っている言葉
清水さん、お酒を止めたら、痩せるんじゃないですか?
ふと幸せを感じるとき
子供達の枕元にこっそりと、クリスマスプレゼントを置くとき。
恥ずかしくて笑えたこと
当時2歳の長女が布団のハタキを家から持って行き、それを振り回しながら、イオン倉敷店内に入ったこと。

これまで、敷き布団→人→毛布→羽毛布団としていたが、羽毛布団は、敷き布団→人→羽毛布団→毛布の順の方が温かいと聞いたので、試すと、確かに温かく感じ、「よく寝られるようになった」と思い喜んでいたら、その羽毛布団は、普通のかけ布団だと知ったこと。

車のお祓いをしてもらうとき、ボンネットの開け方がわからず、神主さんに開けてもらったこと。

その車でセルフのGSに行き、給油をしようとしたのに、給油口の開け方がわからず、変な汗が出たこと。

面談後、帰宅を知らせるため、妻に電話をすると、当時3歳の次女が出てくれた。
午後7時前で、夕食中なのか、お風呂から出た後なのか、「今、何をしょうる?」と、現状を尋ねてみたところ、「なんよんで、ぱぱ!でんわしょんじゃが…」と、あきれたように言われたこと。

2歳になる前の三女が初めてのお宅に訪問したとき、緊張してしまって、「まちがえた、まちがえた」と言って帰ろうとしたこと。

2歳になる前の三女が病院へ行ったとき、診察を嫌がって、「なおった、なおった」と言って帰ろうとしたこと。
目標
還暦を過ぎた両親に、「康弘を生んでよかった」と、思ってもらえること。

娘に誇れる仕事をすること。

妻に「結婚してよかった」と、思ってもらえること。

バンドをしている自分を、妻と娘に見てもらい、「カッコいい」と言わせること。

非モテ歴・肥満歴20年以上。

20歳を過ぎた頃まで、「彼女ができる」ことは、夢のまた夢でした。
恋愛に興味はあったものの、太っていて、会話も苦手、おしゃれも苦手という状況だったからです。
当時の私です。現在よりも、15kgは太っていました。

それなりに友達はいましたが、異性とのコミュニケーション能力が低く、女子を笑わせる同級生を、いつも遠くから見ながら、うらやましく感じていました。

「彼女ができた」、「いい感じで進んでる」と、周囲で盛り上がっていても、愛想笑いをしながらも、その輪の中に入ることができませんでした。

ちょっとみじめにも感じていました。

かし、20歳も過ぎて、このままでは駄目だと思い、一年発起しました。

私には生まれながら、コミュニケーション能力が備わっていなかったので、自ら身に付けるしかありませんでした。

「会話術」、「モテる」という種類の本を立ち読みしたり、買ったりもしました。

見た目にさえない私が、真剣な目で読んでいるのですから、周囲からは、「うわーっ・・・」などと思われていたかもしれません。

レジに持って行くことも、恥ずかしさやカッコ悪さから、「情けないなー」と思う気持ちもありました。

「みんなは普通に彼女がいて、楽しく恋愛をしてるのに、自分は…」と、悲しく思うときも、またありました。

ただ、「やらなければ、どうしようもない」こともわかっていました。

お笑い番組での、司会進行や、話術もしっかり見ました。自分がおもしろいと思ったことは、常に覚えていました。

ときには、実生活でも試してみました。少しでも上手く行けば、全てが自分の成功体験です。

一つずつ積み重ねて行きました。

最高で、83kgと太ってもいましたから、ダイエットも行いました。

周囲の目は、気にしていられませんでした。
人生最大であろうという、チャンスがやって来ました。
紆余曲折を経て、「ここだ」と思える、人生最大であろうという、チャンスがやって来ました。

「なぜそう感じたの?」と思われるかもしれませんが、「チャンスだ」と思ったら、それがチャンスなんだと思います。

やっとのことで願いは叶い、2009年2月に結婚することができました。

「別に恋愛が人生の全てなんかじゃないし、いい人と出会えなかったらそれまでだ」と思った時期もありました。

また、私には女性を一気に惹き付けるようなセールスポイントや、 特別な魅力もありませんでしたから「いい人を自由に選ぶ」ということはできませんでした

そのため、考え方を変えて、「まずは選んでもらえる」ことを心がけました。

「あの人はあそこが嫌」、「ここがちょっと…」などと言うばかりで、自分のことを以前は、棚に上げてしまっていました。
現実がつらかったです。
自分がいくら気に入っても、相手の人に気に入ってもらえなければ、恋愛対象にならなければ、どうしようもないという現実がつらかったです。

現実から目を背け、見て見ぬ振りをして、臭い物にはふたをして、逃げてばかりの人生でした。

何の向上心も持たず、努力をしないままであれば、きっと失敗をして、いや、自信がないせいで、「どうせ…」と思って勝手にあきらめて、何もできないまま、いえ、しないまま終わっていたでしょう。

傷つきもしませんが、得られるものもなく、残るのは後悔だけでした。

私と当会の沿革。

1978年 岡山県倉敷市生まれ。
小学1〜4年生まで、登校拒否児童でした。

「水泳が嫌いだから」、「あの上級生が嫌いだから」など、いじめが原因ではなく、嫌なことから、逃げ回っていました。

学校へ連れて行く母の手を振り切って逃げて、ランドセルを背負って泣きながら、彷徨っていたこともありました。

当時の自分には、拒否する理由がよくわからず、「行きたくない」という一心でした。

「どうして、僕は…」と、よく一人で泣いていました。

そのような中、父は怒ることなく、職場から、「康弘、行きなさい」と、やさしく電話をかけて来てくれました。

学校に着いた後も、その言葉と声を思い出し、席で周りを気にせず、泣いていたのを、今も覚えています。

しかし、友達や先生の支えもあって、これを克服しました。

また、同居をしていた祖父が入院をし、その付き添いに祖母の外出が増えたため、両親は共働きということもあって、自立心が芽生えました。

このことも、大きな要因となりました。

中学、高校と野球部に在籍するも、運動が苦手だったこともあり、レギュラーと控えとの狭間で過ごしました。

中学最後の試合は途中交代、高校に至っては、出場さえ叶いませんでした。

そのとき、チームメイトが気遣ってくれ、仲間のありがたさや、温かさを、身に沁みるほど実感しました。

彼らとは今でも交流があり軟式野球チームを結成しています。
18歳。大学受験に失敗をし、予備校生活に突入。
「今年も上手く行かなかったらどうしよう」という不安と戦いながら、自分を支える、独自のポジティブシンキングを確立しました。

受験生にとって、「落ちる」、「滑る」は禁句と言われています。

2回目のセンター試験では、一緒にがんばって来た友達のコートのボタンが落ち、試験開始直前だったこともあって、彼の落胆ぶりは大きかったです。

しかし、「そのボタンはお前の代わりに落ちたんだ」と励まし合い、たった1年しか一緒ではなかった予備校時代の友達とは、今でも親友です。
1998年 関西大学法学部入学。
小学校低学年に熱中したファミコンが災いし、太り続け、さらに、女性とのコミュニケーションもままならなかったため、モテない時代をずっと過ごしました。

友達の間で交わされる、恋愛の話題の輪にも入れず、虚しい思いも感じました。

20歳のときに一念発起し、会話を独自に勉強しました。

当時、本屋さんに並んでいた、「BIDAN」という雑誌を毎月購入し、服装に、髪型に、香水にと、色気づき始めました(笑)。

人生初の合コンで知り合った女性からは、連絡先を交換後に、「学園祭には誰が来るの?」と、いきなりの質問です。

「オレと行きたいのか!」と自身満々の解釈をして、返事をし、「いや、そういうわけじゃなくて…」と突き返されてしまいました。

友人からは、「お前、勘違いすぎる(笑)」と、ネタにされたのも、今となっては、何とも甘酸っぱい思い出です。

また、「弾けたらカラオケボックスに行かなくてもいつでも歌える」と思い、アコースティックギター(主に弾き語り)を始めました。

当時は、ストリートミュージシャンが流行していたこともあり、友人と大学の図書館前で、寒空の下、深夜ライブを敢行しました。

演奏後間もなく、警備員さんから、やんわりと注意を受け、若気の至りです。
2003年 関西大学法学部卒。
単位不足により、1年留年し、小学生以来となる5年生を経験し、同窓会で、「恥ずかしすぎる」と、腹を抱えて笑われました。

この5年生時に、チボリ公園での販売アルバイトを通じて、生まれて初めてサービス業のおもしろさと、尊さを身をもって体験。

妻ともこのとき出会いました。

「こうしたら、お客さんが喜んでくれるかも」などと考えながら働き、振り返ると、この頃に、起業への意識が芽生えました。
富国生命相互保険会社(フコク生命)に入社。
大学卒業が近くなり、就職活動を始めると、「意外とやりたいことがない」ことに気付きました。

また、小学校、中学校、高校、大学、就職と、ただ流れに乗って生きていたことを、初めて実感しました。

職場では、保険の営業とマネージメントを経験しました。

研修中には、周囲が驚く成績を残せたものの、その後、自分のため(成績ノルマの達成)に契約をもらっているのか、お客さんのために働いているのか、疑問を感じました。

自分は何のために働いているのか、生きているのかと、生まれて初めて、あれこれ考え始めました。

会社では、保険外交員さんの採用のため、約半年間で、1000人以上の女性に声をかけることを経験しました。

まさにナンパのような感じで、最初は度胸もなく、おどおどしているため、止まってくれることさえ叶わず、無視をされる連続です。

ナンパの経験もゼロの中、試行錯誤の毎日を繰り返した結果、必ず立ち止まって、深く話を聞いてもらえる一言を発見しました。
2004年 ダイエットを決意。
いつも履いていたジーパンの太もも部分が急にきつくなり、これに危機を覚え、ダイエットの必要性を痛感しました。

サーキットトレーニング、低炭水化物ダイエット、風呂で汗を流し、1年で、77kgから10kg減に成功し、おしゃれに目覚めました。

久しぶりに会った人たちからは、「病気か?」と今でも言われます。
2005年 Smile Link, Ltd.を設立。
映画「いま、会いにゆきます」に大きな感銘を受け、起業を決意しました。
2007年 「Shall We ランチ?」のサービス開始。
会員数ゼロの状況からのスタートで、コネなし・人なしのため、自力で独自会員を募りました。

サービス開始のきっかけは、妻との恋愛です。

仕事が生活の中心となる毎日の中、週末に彼女と会うことが、何よりの楽しみとなりました。

「恋がしたい!」と思いつつも、現在は一人でいる方々に、この楽しみを味わってもらいたいと思いました。

身に付けたコミュニケーション方法や、モテなかった経験を生かし、細部にこだわり、よい出会いとなるよう、心配りを心がました。
2009年 学生時代から7年の交際を経て、結婚。
なぜか体重が71kgになり、70kgを再び越えてしまいました。

特に、70kgから67kgの3kgは、かなり頑張ったので(笑)、悔しくて仕方がなく、新婚生活を機に、ダイエットを決意しました。

結婚後は岡山市に住み、ランニングを始めて、半年間で8kg減に成功。

妻からは「結婚してやせて、ふうが悪い」と言われる毎日でした…。

自分のダイエット方法と体調管理は、お金はかけていなくても、迷惑をかけていることに気付きました…。
同年 「株式会社 逢いは勝つ」を設立。
社名を考える際、もう一つの候補は「送りバント」でした。

「ふざけている」と思われるかもしれません。

送りバントは「犠牲バント」とも言い、野球では自分がアウトになっても、チームのためにチャンスを広げる大切なプレイで、確実性が求められます。

当会でも、「主役は会員の皆さん」ですから、皆さんのためならと考えました。

同時に、「愛は勝つ」という曲が好きでもあり、当会の特色も考慮して、「逢いは勝つ」も候補にし、こちらを採用しました。

設立後、「Shall We ランチ?」を、同会社にて運営を引き継ぎしました。
2010年 累計会員数240人、運営4年目。
8月には長女が誕生しました。

自宅で仕事をしていることもあって、家事・育児も行いました。
パソコンで仕事をしながら、長女が寝ているベッドを揺らしてあやしていました。

「やはり母親は違う」と思いつつも、哺乳瓶を洗ったり、オムツを替えたり、風呂に入れたりの毎日でした。
2011年 運営5年目。
結婚報告や、交際の報告が届くたびに、心から嬉しい気持ちになります。

「気軽なランチお見合い」の商標登録も受理されました。

お電話での問い合わせがあった際には、長女が泣いて、ご迷惑をおかけしたこともありました。
2012年 運営6年目を迎えました。
年明け早々、結婚のご報告が届き、よいスタートが切れました。

ご結婚された方々が、わざわざご挨拶にお越しくださったり、結婚式のご招待をいただいたりと、嬉しいこともありました。

ただ、当会における主役は皆さんであり、「私は表に出ず黒衣であるべき」と考え、式への出席は控え、代わりに祝電を送らせていただきました。
2013年 運営開始7年目を迎えました。
現行会員数男女合わせて、235名でのスタートです。

昨年同様、年明け早々、ご結婚のご報告が届き、よいスタートが切れました。

同年3月 次女が誕生。

嫁に行く日が、いつか来るかと想像すると、今から泣けて来る程です。

映画やドラマで、結婚の挨拶、結婚式のシーンを見ると、自分や娘の姿を重ねて、涙が止まりません。

それも二人ですから、なおさらです(笑)。

こうして起業できたのは、両親や妻の理解があったからこそです。
その思いを、改めて実感し、これから恩返しをして行きます。
2014年 運営開始8年目になりました。
現行会員数男女合わせて、250名でのスタートです。

昨年は、成婚退会者が多く、会員の皆さんの入れ替わりも多かった1年でした。
2015年 運営を開始して9年目になりました。
現行会員数男女合わせて、279名でのスタートです。

お付き合いやご結婚の報告が届くたびに、パソコンのディスプレイの前で一人、声を挙げながらガッツポーズをしています。

同年10月 三女が誕生。

これまでの人生ずっと、女性と縁遠かったのですが、結婚後、女性に囲まれて暮らすことになるとは思いませんでした(笑)。
2016年 運営開始10年目です。
現行会員数男女合わせて、302名でのスタートです。

成婚退会をされた方々からの年賀状には、お二人だけでなく、誕生されたお子さんのお姿もあり、本当に嬉しい限りです。

来年は10周年ということで、よい意味で初心に戻り、カップル率、成婚率の向上に、がんばってまいります。
2017年 運営開始11年目(10周年)を迎えました。
現行会員数男女合わせて、322名でのスタートです。
昨年も、新規入会と成婚退会とで、入れ替わりが多い年でした。

年明けからのランチの組み合わせに、年末年始休業の間も、ずっと考え続けています。
2018年 運営開始12年目(11周年)です。
現行会員数男女合わせて、365名でのスタートです。

昨年も彼氏・彼女の関係になられた方、成婚退会をされた方もおられました。

当会全体として見ますと成果ではありますが、私は、お一人お一人のご期待にお応えしたいと思っております。

いくら当会の成婚退会の実績が増えたとしても、成婚されていない方にとっては、何の意味もなしません。

今年で皆さんの婚活が一日も早くハッピーエンドで終わるよう、全力を尽くし、最大限のサポートを行う所存です。
2019年 運営開始13年目(12周年)です。
現行会員数男女合わせて、374名でのスタートです。

昨年は、特に10月~12月の3か月の間に、お付き合いの開始やご結婚のご報告が多く届き、会員の方々の入れ替わりが多かったです。

出会いからご結婚までスムーズだった方、ランチ2週間後からお付き合いを始めた方、ランチ後の再会=お付き合いとなった方。

お付き合いをされたいたのにお別れとなってしまった方、お付き合い後からご結婚まで毎月ご相談をくださった方、様々でした。

その一つ一つの全てが印象的でした。

皆さんのご期待にお応えし、お役立てるよう、精進してまいります。
2020年 運営開始14年目(13周年)です。
現行会員数男女合わせて、393名でのスタートです。

お一人お一人の思い、ご要望をしっかりとお聞きし、お一人お一人の理解を一層深めてまいります。

お一人お一人に合った方をご紹介し、一生モノの最高の出逢いとなることを追求してまいります。

好きって言ってくれる人がいる。

好きって言いたくなる人がいる。

そんな幸せのきっかけをお届けしたいです。
2021年 運営開始15年目(14周年)です。
新型コロナの影響が大きかった2020年でした。

その中でも、愛を育んでご結婚をされた方、コミュニケーションを工夫して、交際を続けておられる方。

新型コロナ感染を心配し、「職場で最初のコロナ感染者になりたくない」、「周りの人に迷惑をかけたくない」と、活動を自粛されている方も多かったです。

しかし、時間は止まってくれず、年齢は重なり、「悔しい」というご意見には、「申し訳ありません」という以外の言葉がありませんでした。。

決まっていたランチが延期になった方、ランチが思うようにできなかった方、ご期待にお応えできず、申し訳ありませんでした。

コロナ禍でも、安心して婚活をしていただけるよう、皆さんの安全に配慮しながら、よい出会いをお贈りできる1年にするべく、最善を尽くす所存です。
2022年 運営開始16年目(15周年)です。
新型コロナの影響が年初からあった一年でした。

「こんな状況で婚活をする(見知らぬ人と会う)のは…」と、自粛をされる方が多かったです。

出会いがあっても、お出かけや外食がはばかられるため、再会やデートをためらうというご相談もありました。

動かないことに慣れてしまい、婚活への意欲が削がれた方もおられました。

マスクをしながらランチは、お互いの表情が完全に見えず、会話も聞き取りにくく、ストレスを感じられたと思います。

それでも、出会いの機会に臨み、愛を育まれ、交際中や、ご結婚のご報告には心が温まりました。

「今年こそは!」の思いで、皆さんによい出会いをご提供できるよう、精進してまいります。
2023年 運営開始17年目(16周年)です。
新型コロナの影響が続いた1年でした。

自粛をされながらも、皆さんからランチのご希望日が届くたびに、

「ご連絡をありがとうございます!」
「ひさしぶりに連絡をくださった!」
「今月はあの方とあの方とのランチが組めそう!」

と、一喜一憂しながら、ランチの調整を進めています。

その度に、すべての皆さんのお顔を思い浮かびます。

同時に、面談や普段の連絡でお話くださった、恋愛や結婚へなどの思いも浮かびます。

「よい出会いをご提供したい」
「一日も早く婚活のストレスを取り除きたい」
「一日でも長く幸せな毎日を過ごして欲しい」

今年は、さらなる精進をし、「入会してよかった」と言っていただけるよう、しっかりと励んでまいる所存です。
2024年 運営開始18年目(17周年)です。
昨年からコロナへの規制が緩和され、警戒心も緩やかになって来たこともあり、年明けから、活動を控えておられた方々の活動再開のご希望が相次ぎました。

いつの間にか、お付き合いをされて、ご結婚された方々のご報告も届き、コロナ禍でも愛を育まれ続けておられたことに嬉しさを感じました。

活動会をされた方々、新規会員の方々の増加により、コロナでチャンスに恵まれな方々に、出会いをご提供できる機会が増えました。

無料カウンセリングやランチでも、職場への影響や体調不良がない限りは、お互いにマスクを外して行うことが増えました。

新しいよい出会いをお望みの方に、どのようにしてお届けすればよいのか、皆さんのご感想やご意見をいただきながら、アップデートを繰り返している毎日です。

時代は変わっても、「面と向かって会話をすることで相手の雰囲気や人柄を直接感じること」は、お相手探しとして貴重な体験です。

カジュアルでリラックスした雰囲気で、ランチをされるお一人お一人が、可能な限り緊張せず、緊張をしたとしても、最中で緊張が和らぐような、自然なコミュニケーションが取れることが、出会いの成功につながると考えています。

"岡山"という地域に特化し、岡山で出会いを求める方々のお役に立てるよう、全力で精進してまいります。