私が、この「Shall We ランチ?」を運営しております、(株)逢いは勝つの清水康弘と申します。

浅口市金光町在住の43歳です。

最新のプロフィール。

名前と家族
清水康弘。家族:妻、娘三人。
生年月日
1978年6月24日(土)、43歳(Jリーガー中村俊輔選手と同じ)。
出身地など
岡山県倉敷市。浅口市金光町在住。
星座
デスマスクと同じかに座。
血液型
あまり評判がよくないB型。
カウンセリング時の飲み物
コーヒー、紅茶。
好きな飲み物
無調整豆乳、コーヒー、水、アサヒスタイルバランス、モンスターアブソリュートリーゼロ、チューハイ。
好きな食べ物
妻、娘たち、母、妹、義母、妻弟妻の手料理の全て。
嫌いな食べ物
冷凍グリーンピース、生牡蠣、一番搾り麦汁、二番搾り麦汁。
熱中している趣味
31歳から友達と結成したバンド。料理。
変わらず好きな音楽
LUNA SEA、L'Arc〜en〜Ciel、HYDE、河村隆一、GLAY、ELLEGARDEN、BON JOVI。
歌うと泣けて来る曲
LAYLA、ヒーロー、home、関白宣言。
好きな歌手
藤井フミヤ、hyde(HYDE)、河村隆一、上杉昇。
素人バンドでの演奏曲
こいのうた、3月9日、小さな恋の歌、リンダリンダ、情熱の薔薇、終わらない歌、全部だきしめて、ラヴパレード、赤いスイートピー。
ROSIER(夢・憧れ)、MARIONETTE(断念)、HONEY(断念)、花(断念)、君に届け(保留)、saillng day(保留)、チェリー(予定)、ホタル(予定)。
あなたに(希望)、I for You(希望)、GRAMOROUS SKY(希望)、STORM(希望)。
印象に残っている映画
いま 会いにゆきます、君に届け、電車男、交渉人 真下正義、アマルフィ 女神の報酬、STAND BY ME ドラえもん、シュリ、ダークナイト、ダークナイト ライジング、ザ・バンク 堕ちた巨像、ブラッド・ダイヤモンド、イミテーション・ゲーム、鬼滅の刃無限列車編、トムクルーズ主演作品、クリントイーストウッド監督作品。
見て人生を振り返った映画
60歳のラブレター、余命1ヶ月の花嫁、8年越しの花嫁。
現在欠かさず見ているTV番組
ビートたけしのTVタックル、そこまで言って委員会NP、映像研には手を出すな!、青天を衝け、鬼滅の刃、進撃の巨人、カムカムエヴリバディ、サ道2021、マツコの知らない世界、VOICE愛(ラブ)、金バク!、ドキュメント72時間、ゆるキャン。
初めて感動で涙した作品
さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち。
何とかできるスポーツ
軟式野球。
好きな漫画
聖闘士星矢、キャプテン翼、ドラゴンボール、こち亀、沈黙の艦隊、ジパング、空母いぶき、はじめの一歩、金田一少年の事件簿、LIAR GAME、小田切響子の嘘、DEAR BOYS、るろうに剣心、北斗の拳、H2、タッチ、ラフ、マーマレードボーイ、ドラゴン桜、エンゼルバンク、砂の栄冠、20世紀少年、PLUTO、ナニワ金融道、ROOKIES、GANTZ、幽遊白書、DEATH NOTE、タイムウォーカー零、カバチ、がんぼ、進撃の巨人、鬼滅の刃。
熱中したゲーム
ファミスタ、パワフルプロ野球、メタルギアソリッド、ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、バイオハザード、G1ジョッキー、ダービースタリオン、ウイニングポスト、デビルメイクライ、ICO、ワンダと巨像、サカつく、キャプテン翼、クロノトリガー、クロノクロス、パラサイトイヴ、信長の野望。
好きな歴史上の人物
黒田官兵衛、真田信繁。
毎日していること
ランニング+バンドの自分のパート練習。
印象に残っている言葉
清水さん、お酒を止めたら、痩せるんじゃないですか?
ふと幸せを感じるとき
子供達の枕元にこっそりと、クリスマスプレゼントを置くとき。
恥ずかしくて笑えたこと
当時2歳の長女が布団のハタキを家から持って行き、それを振り回しながら、イオン倉敷店内に入ったこと。

これまで、敷き布団→人→毛布→羽毛布団としていたが、羽毛布団は、敷き布団→人→羽毛布団→毛布の順の方が温かいと聞いたので、試すと、確かに温かく感じ、「よく寝られるようになった」と思い喜んでいたら、その羽毛布団は、普通のかけ布団だと知ったこと。

車のお祓いをしてもらうとき、ボンネットの開け方がわからず、神主さんに開けてもらったこと。

その車でセルフのGSに行き、給油をしようとしたのに、給油口の開け方がわからず、変な汗が出たこと。

面談後、帰宅を知らせるため、妻に電話をすると、当時3歳の次女が出てくれた。
午後7時前で、夕食中なのか、お風呂から出た後なのか、「今、何をしょうる?」と、現状を尋ねてみたところ、「なんよんで、ぱぱ!でんわしょんじゃが…」と、あきれたように言われたこと。

2歳になる前の三女が初めてのお宅に訪問したとき、緊張してしまって、「まちがえた、まちがえた」と言って帰ろうとしたこと。

2歳になる前の三女が病院へ行ったとき、診察を嫌がって、「なおった、なおった」と言って帰ろうとしたこと。
目標
還暦を過ぎた両親に、「康弘を生んでよかった」と、思ってもらえること。

娘に誇れる仕事をすること。

妻に「結婚してよかった」と、思ってもらえること。

バンドをしている自分を、妻と娘に見てもらい、「カッコいい」と言わせること。

非モテ歴・肥満歴20年以上。

20歳を過ぎた頃まで、「彼女ができる」ことは、夢のまた夢でした。
恋愛に興味はあったものの、太っていて、会話も苦手、おしゃれも苦手という状況だったからです。
当時の私です。現在よりも、15kgは太っていました。

それなりに友達はいましたが、異性とのコミュニケーション能力が低く、女子を笑わせる同級生を、いつも遠くから見ながら、うらやましく感じていました。

「彼女ができた」、「いい感じで進んでる」と、周囲で盛り上がっていても、愛想笑いをしながらも、その輪の中に入ることができませんでした。

ちょっとみじめにも感じていました。

かし、20歳も過ぎて、このままでは駄目だと思い、一年発起しました。

私には生まれながら、コミュニケーション能力が備わっていなかったので、自ら身に付けるしかありませんでした。

「会話術」、「モテる」という種類の本を立ち読みしたり、買ったりもしました。

見た目にさえない私が、真剣な目で読んでいるのですから、周囲からは、「うわーっ・・・」などと思われていたかもしれません。

レジに持って行くことも、恥ずかしさやカッコ悪さから、「情けないなー」と思う気持ちもありました。

「みんなは普通に彼女がいて、楽しく恋愛をしてるのに、自分は…」と、悲しく思うときも、またありました。

ただ、「やらなければ、どうしようもない」こともわかっていました。

お笑い番組での、司会進行や、話術もしっかり見ました。自分がおもしろいと思ったことは、常に覚えていました。

ときには、実生活でも試してみました。少しでも上手く行けば、全てが自分の成功体験です。

一つずつ積み重ねて行きました。

最高で、83kgと太ってもいましたから、ダイエットも行いました。

周囲の目は、気にしていられませんでした。
人生最大であろうという、チャンスがやって来ました。
紆余曲折を経て、「ここだ」と思える、人生最大であろうという、チャンスがやって来ました。

「なぜそう感じたの?」と思われるかもしれませんが、「チャンスだ」と思ったら、それがチャンスなんだと思います。

やっとのことで願いは叶い、2009年2月に結婚することができました。

「別に恋愛が人生の全てなんかじゃないし、いい人と出会えなかったらそれまでだ」と思った時期もありました。

また、私には女性を一気に惹き付けるようなセールスポイントや、 特別な魅力もありませんでしたから「いい人を自由に選ぶ」ということはできませんでした

そのため、考え方を変えて、「まずは選んでもらえる」ことを心がけました。

「あの人はあそこが嫌」、「ここがちょっと…」などと言うばかりで、自分のことを以前は、棚に上げてしまっていました。
現実がつらかったです。
自分がいくら気に入っても、相手の人に気に入ってもらえなければ、恋愛対象にならなければ、どうしようもないという現実がつらかったです。

現実から目を背け、見て見ぬ振りをして、臭い物にはふたをして、逃げてばかりの人生でした。

何の向上心も持たず、努力をしないままであれば、きっと失敗をして、いや、自信がないせいで、「どうせ…」と思って勝手にあきらめて、何もできないまま、いえ、しないまま終わっていたでしょう。

傷つきもしませんが、得られるものもなく、残るのは後悔だけでした。

私と当会の沿革。

1978年 岡山県倉敷市生まれ。
小学1〜4年生まで、登校拒否児童でした。

「水泳が嫌いだから」、「あの上級生が嫌いだから」など、いじめが原因ではなく、嫌なことから、逃げ回っていました。

学校へ連れて行く母の手を振り切って逃げて、ランドセルを背負って泣きながら、彷徨っていたこともありました。

当時の自分には、拒否する理由がよくわからず、「行きたくない」という一心でした。

「どうして、僕は…」と、よく一人で泣いていました。

そのような中、父は怒ることなく、職場から、「康弘、行きなさい」と、やさしく電話をかけて来てくれました。

学校に着いた後も、その言葉と声を思い出し、席で周りを気にせず、泣いていたのを、今も覚えています。

しかし、友達や先生の支えもあって、これを克服しました。

また、同居をしていた祖父が入院をし、その付き添いに祖母の外出が増えたため、両親は共働きということもあって、自立心が芽生えました。

このことも、大きな要因となりました。

中学、高校と野球部に在籍するも、運動が苦手だったこともあり、レギュラーと控えとの狭間で過ごしました。

中学最後の試合は途中交代、高校に至っては、出場さえ叶いませんでした。

そのとき、チームメイトが気遣ってくれ、仲間のありがたさや、温かさを、身に沁みるほど実感しました。

彼らとは今でも交流があり軟式野球チームを結成しています。
18歳。大学受験に失敗をし、予備校生活に突入。
「今年も上手く行かなかったらどうしよう」という不安と戦いながら、自分を支える、独自のポジティブシンキングを確立しました。

受験生にとって、「落ちる」、「滑る」は禁句と言われています。

2回目のセンター試験では、一緒にがんばって来た友達のコートのボタンが落ち、試験開始直前だったこともあって、彼の落胆ぶりは大きかったです。

しかし、「そのボタンはお前の代わりに落ちたんだ」と励まし合い、たった1年しか一緒ではなかった予備校時代の友達とは、今でも親友です。
1998年 関西大学法学部入学。
小学校低学年に熱中したファミコンが災いし、太り続け、さらに、女性とのコミュニケーションもままならなかったため、モテない時代をずっと過ごしました。

友達の間で交わされる、恋愛の話題の輪にも入れず、虚しい思いも感じました。

20歳のときに一念発起し、会話を独自に勉強しました。

当時、本屋さんに並んでいた、「BIDAN」という雑誌を毎月購入し、服装に、髪型に、香水にと、色気づき始めました(笑)。

人生初の合コンで知り合った女性からは、連絡先を交換後に、「学園祭には誰が来るの?」と、いきなりの質問です。

「オレと行きたいのか!」と自身満々の解釈をして、返事をし、「いや、そういうわけじゃなくて…」と突き返されてしまいました。

友人からは、「お前、勘違いすぎる(笑)」と、ネタにされたのも、今となっては、何とも甘酸っぱい思い出です。

また、「弾けたらカラオケボックスに行かなくてもいつでも歌える」と思い、アコースティックギター(主に弾き語り)を始めました。

当時は、ストリートミュージシャンが流行していたこともあり、友人と大学の図書館前で、寒空の下、深夜ライブを敢行しました。

演奏後間もなく、警備員さんから、やんわりと注意を受け、若気の至りです。
2003年 関西大学法学部卒。
単位不足により、1年留年し、小学生以来となる5年生を経験し、同窓会で、「恥ずかしすぎる」と、腹を抱えて笑われました。

この5年生時に、チボリ公園での販売アルバイトを通じて、生まれて初めてサービス業のおもしろさと、尊さを身をもって体験。

妻ともこのとき出会いました。

「こうしたら、お客さんが喜んでくれるかも」などと考えながら働き、振り返ると、この頃に、起業への意識が芽生えました。
富国生命相互保険会社(フコク生命)に入社。
大学卒業が近くなり、就職活動を始めると、「意外とやりたいことがない」ことに気付きました。

また、小学校、中学校、高校、大学、就職と、ただ流れに乗って生きていたことを、初めて実感しました。

職場では、保険の営業とマネージメントを経験しました。

研修中には、周囲が驚く成績を残せたものの、その後、自分のため(成績ノルマの達成)に契約をもらっているのか、お客さんのために働いているのか、疑問を感じました。

自分は何のために働いているのか、生きているのかと、生まれて初めて、あれこれ考え始めました。

会社では、保険外交員さんの採用のため、約半年間で、1000人以上の女性に声をかけることを経験しました。

まさにナンパのような感じで、最初は度胸もなく、おどおどしているため、止まってくれることさえ叶わず、無視をされる連続です。

ナンパの経験もゼロの中、試行錯誤の毎日を繰り返した結果、必ず立ち止まって、深く話を聞いてもらえる一言を発見しました。
2004年 ダイエットを決意。
いつも履いていたジーパンの太もも部分が急にきつくなり、これに危機を覚え、ダイエットの必要性を痛感しました。

サーキットトレーニング、低炭水化物ダイエット、風呂で汗を流し、1年で、77kgから10kg減に成功し、おしゃれに目覚めました。

久しぶりに会った人たちからは、「病気か?」と今でも言われます。
2005年 Smile Link, Ltd.を設立。
映画「いま、会いにゆきます」に大きな感銘を受け、起業を決意しました。
2007年 「Shall We ランチ?」のサービス開始。
会員数ゼロの状況からのスタートで、コネなし・人なしのため、自力で独自会員を募りました。

サービス開始のきっかけは、妻との恋愛です。

仕事が生活の中心となる毎日の中、週末に彼女と会うことが、何よりの楽しみとなりました。

「恋がしたい!」と思いつつも、現在は一人でいる方々に、この楽しみを味わってもらいたいと思いました。

身に付けたコミュニケーション方法や、モテなかった経験を生かし、細部にこだわり、よい出会いとなるよう、心配りを心がました。
2009年 学生時代から7年の交際を経て、結婚。
なぜか体重が71kgになり、70kgを再び越えてしまいました。

特に、70kgから67kgの3kgは、かなり頑張ったので(笑)、悔しくて仕方がなく、新婚生活を機に、ダイエットを決意しました。

結婚後は岡山市に住み、ランニングを始めて、半年間で8kg減に成功。

妻からは「結婚してやせて、ふうが悪い」と言われる毎日でした…。

自分のダイエット方法と体調管理は、お金はかけていなくても、迷惑をかけていることに気付きました…。
同年 「株式会社 逢いは勝つ」を設立。
社名を考える際、もう一つの候補は「送りバント」でした。

「ふざけている」と思われるかもしれません。

送りバントは「犠牲バント」とも言い、野球では自分がアウトになっても、チームのためにチャンスを広げる大切なプレイで、確実性が求められます。

当会でも、「主役は会員の皆さん」ですから、皆さんのためならと考えました。

同時に、「愛は勝つ」という曲が好きでもあり、当会の特色も考慮して、「逢いは勝つ」も候補にし、こちらを採用しました。

設立後、「Shall We ランチ?」を、同会社にて運営を引き継ぎしました。
2010年 累計会員数240人、運営4年目。
8月には長女が誕生しました。

自宅で仕事をしていることもあって、家事・育児も行いました。
パソコンで仕事をしながら、長女が寝ているベッドを揺らしてあやしていました。

「やはり母親は違う」と思いつつも、哺乳瓶を洗ったり、オムツを替えたり、風呂に入れたりの毎日でした。
2011年 運営5年目。
結婚報告や、交際の報告が届くたびに、心から嬉しい気持ちになります。

「気軽なランチお見合い」の商標登録も受理されました。

お電話での問い合わせがあった際には、長女が泣いて、ご迷惑をおかけしたこともありました。
2012年 運営6年目を迎えました。
年明け早々、結婚のご報告が届き、よいスタートが切れました。

ご結婚された方々が、わざわざご挨拶にお越しくださったり、結婚式のご招待をいただいたりと、嬉しいこともありました。

ただ、当会における主役は皆さんであり、「私は表に出ず黒衣であるべき」と考え、式への出席は控え、代わりに祝電を送らせていただきました。
2013年 運営開始7年目を迎えました。
現行会員数男女合わせて、235名でのスタートです。

昨年同様、年明け早々、ご結婚のご報告が届き、よいスタートが切れました。

同年3月 次女が誕生。

嫁に行く日が、いつか来るかと想像すると、今から泣けて来る程です。

映画やドラマで、結婚の挨拶、結婚式のシーンを見ると、自分や娘の姿を重ねて、涙が止まりません。

それも二人ですから、なおさらです(笑)。

こうして起業できたのは、両親や妻の理解があったからこそです。
その思いを、改めて実感し、これから恩返しをして行きます。
2014年 運営開始8年目になりました。
現行会員数男女合わせて、250名でのスタートです。

昨年は、成婚退会者が多く、会員の皆さんの入れ替わりも多かった1年でした。
2015年 運営を開始して9年目になりました。
現行会員数男女合わせて、279名でのスタートです。

お付き合いやご結婚の報告が届くたびに、パソコンのディスプレイの前で一人、声を挙げながらガッツポーズをしています。

同年10月 三女が誕生。

これまでの人生ずっと、女性と縁遠かったのですが、結婚後、女性に囲まれて暮らすことになるとは思いませんでした(笑)。
2016年 運営開始10年目です。
現行会員数男女合わせて、302名でのスタートです。

成婚退会をされた方々からの年賀状には、お二人だけでなく、誕生されたお子さんのお姿もあり、本当に嬉しい限りです。

来年は10周年ということで、よい意味で初心に戻り、カップル率、成婚率の向上に、がんばってまいります。
2017年 運営開始11年目(10周年)を迎えました。
現行会員数男女合わせて、322名でのスタートです。
昨年も、新規入会と成婚退会とで、入れ替わりが多い年でした。

年明けからのランチの組み合わせに、年末年始休業の間も、ずっと考え続けています。
2018年 運営開始12年目(11周年)です。
現行会員数男女合わせて、365名でのスタートです。

昨年も彼氏・彼女の関係になられた方、成婚退会をされた方もおられました。

当会全体として見ますと成果ではありますが、私は、お一人お一人のご期待にお応えしたいと思っております。

いくら当会の成婚退会の実績が増えたとしても、成婚されていない方にとっては、何の意味もなしません。

今年で皆さんの婚活が一日も早くハッピーエンドで終わるよう、全力を尽くし、最大限のサポートを行う所存です。
2019年 運営開始13年目(12周年)です。
現行会員数男女合わせて、374名でのスタートです。

昨年は、特に10月~12月の3か月の間に、お付き合いの開始やご結婚のご報告が多く届き、会員の方々の入れ替わりが多かったです。

出会いからご結婚までスムーズだった方、ランチ2週間後からお付き合いを始めた方、ランチ後の再会=お付き合いとなった方。

お付き合いをされたいたのにお別れとなってしまった方、お付き合い後からご結婚まで毎月ご相談をくださった方、様々でした。

その一つ一つの全てが印象的でした。

皆さんのご期待にお応えし、お役立てるよう、精進してまいります。
2020年 運営開始14年目(13周年)です。
現行会員数男女合わせて、393名でのスタートです。

お一人お一人の思い、ご要望をしっかりとお聞きし、お一人お一人の理解を一層深めてまいります。

お一人お一人に合った方をご紹介し、一生モノの最高の出逢いとなることを追求してまいります。

好きって言ってくれる人がいる。

好きって言いたくなる人がいる。

そんな幸せのきっかけをお届けしたいです。
2021年 運営開始15年目(14周年)です。
新型コロナの影響が大きかった2020年でした。

その中でも、愛を育んでご結婚をされた方、コミュニケーションを工夫して、交際を続けておられる方。

新型コロナ感染を心配し、「職場で最初のコロナ感染者になりたくない」、「周りの人に迷惑をかけたくない」と、活動を自粛されている方も多かったです。

しかし、時間は止まってくれず、年齢は重なり、「悔しい」というご意見には、「申し訳ありません」という以外の言葉がありませんでした。。

決まっていたランチが延期になった方、ランチが思うようにできなかった方、ご期待にお応えできず、申し訳ありませんでした。

コロナ禍でも、安心して婚活をしていただけるよう、皆さんの安全に配慮しながら、よい出会いをお贈りできる1年にするべく、最善を尽くす所存です。
2022年 運営開始16年目(15周年)です。
新型コロナの影響が年初からあった一年でした。

「こんな状況で婚活をする(見知らぬ人と会う)のは…」と、自粛をされる方が多かったです。

出会いがあっても、お出かけや外食がはばかられるため、再会やデートをためらうというご相談もありました。

動かないことに慣れてしまい、婚活への意欲が削がれた方もおられました。

マスクをしながらランチは、お互いの表情が完全に見えず、会話も聞き取りにくく、ストレスを感じられたと思います。

それでも、出会いの機会に臨み、愛を育まれ、交際中や、ご結婚のご報告には心が温まりました。

「今年こそは!」の思いで、皆さんによい出会いをご提供できるよう、精進してまいります。